ここに密かに自己紹介を・・・

一般的なプロフィールは恥ずかしいので省略いたします
素人写真家…ってのも偉そうですね…日本語には適当な言葉がない…
まあ、とにかく、一人の写真&写真機好きとしての私ですが、
現在については作品などを見ていただくとして…
takoraの写真歴
小学生の時に祖父のローライ二眼レフで写真を撮り始めました
他に、家には父のNikonS3、祖母のミノルタ16がありました
(S3は紛失…今残ってたら高く売れただろうなぁ…)
名機揃いとはいえ、露出計無しの機械ばかり
それでも、祖父の指導のおかげで何とかなっていたのです
その頃は何故か郷土愛に目覚め、京都の風景ばかり撮っていました
中学に入り、図書館で読んだ雑誌で凄いものを発見しました
それは「一眼レフ」というもので、露出を測る装置が付いているらしいのです
(今となっては自分でも信じがたい話ですが、本当にこの認識でした)
それで、お年玉貯金をはたいて買ったのがOLYMPUSのOM-2(初代)
最初に見た広告の威力は凄い
しかし、贅沢な私はズイコーのストイックな色が気に入りませんでした
(今はその魅力も理解できますが…)
ローライのレンズはテッサーで、半世紀以上経ってもやはりツァイス色…
濃い目の発色に慣れていたのかもしれません
結果、今に至るまでオリンパスには二度と手を出さないままです
で、そんな時に発売されたのが、泣く子も笑うキヤノンA-1
これはもう、メカ好きな男の子が釣れないわけがないカメラロボット
即買い…
まあ、それからいろいろあるのですが、高校時代は写真部でお定まりの鉄道写真
カメラも売っては買いで、いろいろ渡り歩いたなぁ…
(この頃から売り買いが上手で、あんまり経費がかからないのです)
各社高級機は一通り使ってみる贅沢極まりない高校生でした
この当時はカメラの好みも単なるメカ好きの延長で、まず興味の対象はボディーです
なのでレンズはそれほど揃えておらず機種変更が楽なのです
(タムロンのアダプトールっていう強い味方もありましたし)
また、鉄道以外にも、京都の風物も撮り続けました
時代祭りを撮りに行って朝日新聞にでかでかと載ったのは・・・良い思い出?
撮った写真が載ったのなら凄いのですが、自分の姿が載ったのです
「ちゃっかりトラックの荷台に乗り込んで撮影する人も」というキャプション付きで・・・
まあ、行事とかだけではなくて街の片隅で小さな花を、とか、
家並の間から空を見上げてといった傾向も生まれ、これは今も変りません
大学でも写真部に入りました
しかし、私的な事情と傾向の相違で途中退部
・・・したものの、結構部室をうろついてたりしましたが・・・
大学の途中から芝居などに力を入れ始めたこともあり
また大学院へ進んだこともあって、少しずつ写真とは疎遠になっていきました
そして、今、30代も半ばを過ぎて、再び手を染めはじめたのです
技術的には10年近いブランクは大きく、今はカンを取り戻すのに必死です
最近、ようやく少し、昔とは違った眼を持てているかな、という認識が・・・
少し余裕が出てきたのかもしれません
まあ、でも、昔もまだまだってところで止めていますので
本当に再度はじめた意味が見出せるのはこれからだと思います
よろしくお願いいたします